藤間秋男の老舗企業訪問

第3回

株式会社荻野屋

代表取締役社長 6代目高見澤志和

“チャレンジ・チャンス・チェンジ“
現存する最古の駅弁

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「峠の釜めし」の名で知られる駅弁の荻野屋は現存する最古の駅弁屋であり、創業は明治18年(1885年)で136年続いている。
6代目高見澤社長はチャレンジ・チャンス・チェンジの言葉どおり、次々に新しいチャレンジをしている。

※掲載情報は取材日時点のものです(2021年9月)
荻野屋の経営危機からの脱出

荻野屋の歴史は日本の発展に伴う交通インフラの変化に対応して危機を乗り越えてきた歴史である。
中山道での旅館業から始まるが、歩く旅から電車の旅への変化により旅館業が危機になった。これを横川駅の開業にあわせた、おにぎりの駅構内営業を開始し乗り切った。
しかし、軽井沢駅、高崎駅と大きな駅に挟まれた山間の駅、横川駅では思うよう商品が売れなかった。そこで「峠の釜めし」を開発し販売を始める。これがヒットとなり経営の危機を脱することができた。

次々と交通インフラの変化に翻弄される

その後、またも交通インフラの変化が襲い掛かる。
長野オリンピックにともない新幹線が開通したが新幹線が横川駅に止まらない。そして高速道路もできた。
このときの危機は軽井沢駅での駅弁販売と、高速道路のサービスエリアへの進出で危機を乗り切った。

そして、高見澤社長が継いだ時にも危機があった。

高見澤社長は20代の半ばで先代が亡くなり、ロンドン留学から急きょ戻ることになったが、会社は借入金が多く組織体制が崩れてしまうような危機に直面していた。
各店舗、製造工場など全体を見直し問題を把握していったが、さまざまな問題の中で一番大きかったのは役員はじめ従業員の数字への意識が薄い事と危機意識がないことだった。
売上を伸ばすために様々なチャレンジをしていたが原価割れの商品が多くなっていた。
そこで先ずは原価意識を社内に徹底して仕入れを見直した。
危機感については「峠の釜めし」を買い求めてくれるお客様が非常に多かったことで「峠の釜めし」ブランドへの依存が社内全体の危機感をなくしていた。

革新的な「峠の釜めし」

4代目みねじは冷たい弁当より温かい弁当が食べたいというお客様の声を聞き、陶器で保温する「峠の釜めし」を発案した。
お客様の立場に立って物事を考え喜んでいただけるものを提供する。
これこそが荻野屋の根本である。

「峠の釜めし」の器を変える

「峠の釜めし」はお客様の声を形にした陶器での販売が当たり前だった。
しかし、現在のお客様からの声は家にたくさんたまっている、重たいなど、購買意欲を削いでいたことがわかり容器を変えることに着手した。
軽い容器でもプラスチックは駄目だと思い、環境に配慮したパルプモールという竹の皮やサトウキビからできた素材の容器にした。
そのため陶器よりも割高になったが環境を重視して決断した高見澤社長の決断はすばらしい。





年々、パルプモール容器の「峠の釜めし」の販売数が増加している。
ここにもチャレンジ・チャンス・チェンジの精神が活きていて、やってみないとわからない、成功できる保証はない、しかしやらないよりやった方が良い。
高見澤社長は荻野屋が歴史の中でチャレンジが結果を産んできたことを踏まえての判断だった。

家訓はないが社是があり朝礼の時に皆で唱和する

「感謝」「和顔」そして「誠実」「峠の釜めし」を発案した4代目みねじが確立した「最低限この三つを守れ」という教えである。

販売戦略について

現在(コロナ禍)の状況の中、「峠の釜めし」はもともと、お弁当でありテイクアウト商品なので需要は堅調だそうだ。
店舗も人の多い銀座などへの出店で家に持ち帰る需要が増えている。


販売促進

アニメやスマホアプリとのコラボ
アニメの鬼滅の刃とコラボして「峠の釜めし ~無限列車編~」を作り、とても好評だったり、「ごっこランド」という小さなお子さまが楽しめる知育アプリにパビリオン出展したりして若い層への知名度アップを進めている。

事業承継について

もともと、引き継ぐ気がなかったが、荻野屋の高見澤家に生まれて自分の一つの使命と考えて事業承継をした。
創業家が継ぐことに意義があると思っているので、次の世代につなげるよう努力をしている。

「諦めない経営」の出版

危機に何回も直面しながら諦めない経営で乗り越えた荻野屋136年の歴史が詳細に書かれている。
チャレンジ・チャンス・チェンジ
まず、チャレンジする。挑戦しないとなにも変わらない。挑戦することによってチャンスが生まれる。
そのチャンスをものにすることでその危機を脱する。つまりチェンジが起きる。

藤間秋男からひとこと

何代も続いている企業には必ず苦難がくる。そういう意味で「諦めない経営」は非常に大事であり、また、後継者を作らないと次の代はない。
私の書いた本には後継者をつくり、諦めない経営をきちんと伝えることが重要で理念とビジョン、そして経営計画を立てていくことを書いており、“生き残るための法則”を示している。
苦難が来たらそれはチャンスだと思い、ワクワクしながら打つ手を考える。そういう社長になってもらいたい。
「打つ手は無限」

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